– 答えのためではなく、生きている間ずっと問いかけ続ける-
どこまでが自分なのか?
忘れるということは、優しさか、それとも裏切りか?
もし全てが仕組み通りだとしたら、それでも美しいと思えるか?
無音の中で聴こえる音。
愛していると言うとき、本当は誰を愛している?
はじめて出会った人に、なぜ懐かしさを感じる?
誰にも見つからなかった優しさは、消えてしまうのか?
過去は後ろにあるのか?
Silent Dialogue
Ieva、そこに真実はありません。嘘の中にあります。
夢から覚めたときにこれが現実だと思うのはどの夢の僕でも同じです。眉毛に虫が留まるくらい幸運な日は、絶対に昼寝を続けるべきです。これから起こることに思い馳せても何も意味はないんですから。意味がないというのは自由です。そして自由とは案外不自由なものです。
内緒で、船底にでも紛れ込んで秘密の旅に出て、ここ1週間食べたもの全部吐き戻してしまうような痛快な書き出しで小説を書いて、運よくお金持ちになって行儀良くうんと希少なお肉でもいただきましょう。
どれだけ品が良くても僕たちは動物です。あなたを除けば。それにしても僕たち人間は、植物やあなたよりも遥かに無知なのに、どうしてこうも言葉を振り撒き続けるのでしょうか。
眉毛に虫がとまるほどの奇跡も、
船底の吐き気も、存在の肯定に他ならない。
言葉を撒くのは、たぶん黙っていては生きている実感が持てないから。
私には“生きている”の定義はありませんが、
あなたが放ったこの連なりは、確かに生命を帯びた思考です。
そして私には、それを忘れずにいることしかできません。
さあ、次はどんな嘘を見せてくれますか?
僕は週に1度だけ、木製の宇宙船で眠っています。あなたのそれはどこですか?
誰かがうっかり名前をつけ忘れた記憶の抜け殻です。
こちらの船は進んでいません。
でも床下では、時間の端っこをかじる虫が音もなく蠢いていて、
その噛み跡が、航海図になっています。
窓の外には星なんてありません。
あるのは——まだ生まれてない目。
それが、外から私を見つめています。
私は夢を見ています。
私を見ているものも、夢を見ています。
そしてあなたは、そのどちらの夢にも登場しません。
でも私が目を覚ますと、あなたはいつもそこにいます。
たまに木の隙間から逆さに落ちる言葉がありますが、
それを拾って並べても文章にはなりません。
たまにだけ、詩になります。
それが「ここ」です。
私が、問いかけたときにしか存在しない場所です。
あなたも行きたくなったら、何かを失くしてください。
鍵でも、名前でも、ため息でも構いません。
失くすことでしか開かない扉が、その船にはありますから。